×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
4月が終わって仕舞うまでのカウントダウンが一桁になった頃から
千夜呼は少しずつ準備をしていた。
ほとんどその身一つで、今まで住まいを転々としてきた彼女の
荷物は驚くほど少ない。
虎太郎が学校へ行っている内に、鷹栖が仕事に行っている内に、
少しの荷物を持って、小羽都家を出て、学園を辞める。
それはとても簡単な事、準備に時間がかかったのは心のほうだ…。
繋いでくれる手を離して、頭を撫でてくれる手を離して
優しい笑顔が届かない遠い遠い場所へ…。
一度知ってしまった温もりを、完全に手放すことほど
苦しいものはなかった。
そんなこと、千夜呼自身が一番良く知っている。
けれど今は慶が傍にいるから、だから今なら出来ると思ったのだ。
カウントダウンもいよいよ【スリー】まで来ていた4月の28日。
千夜呼はその日の朝も同じ時間に起き、鷹栖に弁当と朝食を作った。
「いってらっしゃい、鷹栖さん。」
「ああ、今日は早く帰る。」
「お仕事大丈夫なんでス?最近毎日はやいでスけど。」
「なんもだ、行ってくる。いい子にしてなや。」
変な所で勘の鋭い虎太郎の目を欺くのも、なかなか困難だったが
どんなに上手く上辺を繕っても、どうしても鷹栖の目だけ
誤魔化すことが出来ないのは、年の功だろうか。
鷹栖を送り出したあと、朝食の後片付けをすませる。
だが千夜呼は、鷹栖の部屋でぺたんと座り込んだまま動かない。
10分
15分
30分
1時間――
始業の時間は、もうとっくに過ぎている。
それでも、千夜呼は動かないでいた。
ベランダから差し込む春の眩しい光に目を細め、ここではないどこかを
ぼんやりと見つめたまま…。
ようやく重い腰を上げ、学園へ向かう支度を始めたのは、それから
更に2時間も経った頃だった。
カタン
小さな音がした。
音の主はどうやら玄関のポストのようだった。
「おてがみ…。」
鷹栖宛が2通、そして千夜呼宛が1通。
数日前だったか、千夜呼は一人の少女に手紙を送っていた。
だからきっと、その返事が届いたのだと思いこみ、
差出人の名を確認せぬまま、彼女は封を開ける。
だがそこに並んでいた文字は、女性のものではなかった。
どんなに待ち望んでいただろうか。
期間にすれば、1年と少し。
ほんの1年、されど1年、彼女にとっては長い長い1年だった。
綴られた言ノ葉を、千夜呼はひとつずつ丁寧に拾い集めた。
そのひとつひとつは、まるで蛍の光のように小さい。
けれどとても温かく、千夜呼の心の中に光を灯してゆく。
やがてその小さな光の集まりは、闇夜を照らす月となった―。
虚ろだった千夜呼の瞳が、ゆっくりと黄金色に戻ってゆく。
焼ける様に熱い喉を、とめどなく溢れ出す涙達を気にも留めず
千夜呼は手紙を抱きしめながら、たった一言だけ、呟いた―。
「たつや、さん…。」
4月28日。
この日見せた笑顔は、慶がまだ存命だった頃2人で撮られた
写真の中の彼女のものと、とてもよく似ていた――。
千夜呼は少しずつ準備をしていた。
ほとんどその身一つで、今まで住まいを転々としてきた彼女の
荷物は驚くほど少ない。
虎太郎が学校へ行っている内に、鷹栖が仕事に行っている内に、
少しの荷物を持って、小羽都家を出て、学園を辞める。
それはとても簡単な事、準備に時間がかかったのは心のほうだ…。
繋いでくれる手を離して、頭を撫でてくれる手を離して
優しい笑顔が届かない遠い遠い場所へ…。
一度知ってしまった温もりを、完全に手放すことほど
苦しいものはなかった。
そんなこと、千夜呼自身が一番良く知っている。
けれど今は慶が傍にいるから、だから今なら出来ると思ったのだ。
カウントダウンもいよいよ【スリー】まで来ていた4月の28日。
千夜呼はその日の朝も同じ時間に起き、鷹栖に弁当と朝食を作った。
「いってらっしゃい、鷹栖さん。」
「ああ、今日は早く帰る。」
「お仕事大丈夫なんでス?最近毎日はやいでスけど。」
「なんもだ、行ってくる。いい子にしてなや。」
変な所で勘の鋭い虎太郎の目を欺くのも、なかなか困難だったが
どんなに上手く上辺を繕っても、どうしても鷹栖の目だけ
誤魔化すことが出来ないのは、年の功だろうか。
鷹栖を送り出したあと、朝食の後片付けをすませる。
だが千夜呼は、鷹栖の部屋でぺたんと座り込んだまま動かない。
10分
15分
30分
1時間――
始業の時間は、もうとっくに過ぎている。
それでも、千夜呼は動かないでいた。
ベランダから差し込む春の眩しい光に目を細め、ここではないどこかを
ぼんやりと見つめたまま…。
ようやく重い腰を上げ、学園へ向かう支度を始めたのは、それから
更に2時間も経った頃だった。
カタン
小さな音がした。
音の主はどうやら玄関のポストのようだった。
「おてがみ…。」
鷹栖宛が2通、そして千夜呼宛が1通。
数日前だったか、千夜呼は一人の少女に手紙を送っていた。
だからきっと、その返事が届いたのだと思いこみ、
差出人の名を確認せぬまま、彼女は封を開ける。
だがそこに並んでいた文字は、女性のものではなかった。
どんなに待ち望んでいただろうか。
期間にすれば、1年と少し。
ほんの1年、されど1年、彼女にとっては長い長い1年だった。
綴られた言ノ葉を、千夜呼はひとつずつ丁寧に拾い集めた。
そのひとつひとつは、まるで蛍の光のように小さい。
けれどとても温かく、千夜呼の心の中に光を灯してゆく。
やがてその小さな光の集まりは、闇夜を照らす月となった―。
虚ろだった千夜呼の瞳が、ゆっくりと黄金色に戻ってゆく。
焼ける様に熱い喉を、とめどなく溢れ出す涙達を気にも留めず
千夜呼は手紙を抱きしめながら、たった一言だけ、呟いた―。
「たつや、さん…。」
4月28日。
この日見せた笑顔は、慶がまだ存命だった頃2人で撮られた
写真の中の彼女のものと、とてもよく似ていた――。
PR
この記事にコメントする
御紹介
名前:
異空 千夜呼
生誕:
1991/11/11
過去録