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夜11時、バイトが終わり帰宅する途中に公園があった。
小さな児童公園、ブランコと滑り台と砂場、ただそれだけ。

虎太郎はふと、自転車を停めた。
以前ここで千夜呼を見た。
初めてここで、千夜呼の本当の闇を、狂気を見た。
真っ暗な空を仰いで、ケタケタと笑い続けていた彼女を
虎太郎は初めて怖いと思ってしまったのだ。
彼女自身がではなく、抱えている巨大な闇が、だ。


キィ、キィ


ブランコの音が聞こえた。
背を向けていたけれど、ひと目で千夜呼だと分かった。


「千夜呼!」

名を呼んでみたけれど、反応がない。
彼女であることは間違いないのに。
もう一度名を呼んだが、やはり無反応。
虎太郎は自転車から降り、千夜呼に近づいた。

「おい、何して…。」
そう言って、彼女の細い肩に手を置いたその時だった。

「いやぁああああああああああああ!!!!」

絹を裂いたような、悲痛な、悲壮な悲鳴。
千夜呼は這う様に逃げ出し、木の下で頭を抱え小さくうずくまり
ガタガタと震えだした。
見開かれた瞳の色は濁り、大粒の涙が溢れていた。

まるで世界の終わりでも見たかのような、恐怖と絶望の匂いがした…。


虎太郎には何が起こったのか分かるはずもない。
ふと、千夜呼に触れた手のひらを見つめる。

自分のせいなのか?と…。

「触らないで…ワタシにさわらないでさわらないでさわらないで…!!」

呪文のように繰り返される言葉。
いつもは必要以上に自分に触れてくるのに。

知っている、千夜呼がぬくもりを人一倍欲していることを。
抱きしめられるのが好きなことを。
撫でられるのが好きなことを。
人が、好きなことを。

だから虎太郎だけは、この言葉が拒絶の意ではないことを知っていた。

一度味わったぬくもりを失う事は恐怖。
どんなに心地よいか、幸せか知ってしまったから。

虐待され今の家で初めて愛情を知った虎太郎は、その愛情を失うことを恐れていた。
一度全ての愛するものを奪われた千夜呼は、それが繰り返されることに怯えていた。
二人は似ていた、だから引き合ったのだ。


「来い千夜呼、なんも怖くねぇから。」

虎太郎はまるで、怯えた捨て犬に手を差し伸べるように声をかける。
自分からは近づかず、その場にしゃがんで千夜呼に向かい手を広げた。

やがて、ゆっくり千夜呼の瞳に黄金色が戻ってきた。

「し……しょ……?」
「おう。」

指先が触れる。
僅かな体温が伝わる。

「ししょ……。」
「なんだ。」
「師匠……ごめんなさい。」
「アホ、何あやまってんだ。」

千夜呼は虎太郎の胸に全てを預け寄り添い、鼓動を感じていた。

「お帰り。」
「……はい……ただいまでス…。」
「寒ぃから早く帰ろうぜ、うち来い。オヤジも母ちゃんもまだ起きてっから。」
「はい……おうち…、おうち。」

彼女は自分の住む部屋を、家だとは思っていない。
ただ、寝るための場所、それだけだと思っていた。
ぬくもりのない淋しい部屋は、外と何の変わりもないのだから。

千夜呼は何度も呟く、雅臣家を"おうち"、と…。
虎太郎から見た彼女は子供だ、幼い子供なのだ。
そして昔の、自分だ。

「…おむかえきてくれて、ありがとありがとでス…。」
「まったく、手のかかる弟子だぜ。」
「…きらい、なりましたですか?」
「アホ、んなわけねーだろ、アホ。」




欲しいものは?と聞かれたら返答に困ってしまうけれど
なくしたくない大事なものは?と聞かれたら即答できる。

いつだって、答えられる……。

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原案:異空千夜呼+雅臣虎太郎
製作:異空千夜呼+雅臣虎太郎
編集:異空千夜呼
音楽:悲しみの向こうへ(いとうかなこ)
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御紹介
名前:
異空 千夜呼
生誕:
1991/11/11
御言葉
[09/19 BlackMan]
[09/02 香住]
[08/27 健斗]
[08/03 あー]
[08/01 香住]

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