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住んでいたアパートを引き払って数日。
この日も、千夜呼は廃棄物置場にいた。
スクラップの山に身体を委ね、瞼を閉じる。
まるで仲間に寄り添うかのように…。

「千夜!!」

自分の名を呼ぶ声がして、覚醒する。
自分をそう呼ぶ人は、一人しかいない。
里栖の父親だった。

「鷹栖さん…どしてココに?」
「…虎から聞いた、この界隈フラフラしてるって。」

この生活が始まってから、虎太郎もなんとか千夜呼を捕まえようと
思い当たる場所を探して回ってはいるが、千夜呼の行動範囲の広さと
廃棄物置場の広さ、廃棄物の多さから見つけられずにいたのだ。

「よく…見つけましたね。」
「ああ、現役自衛隊員の勘をなめるんでない。」

鷹栖は汚れたスーツの上着を払いながら、千夜呼の側へ歩み寄る。
仕事帰りに虎太郎と会い、千夜呼の現状を初めて聞かされたのだ。

鷹栖は千夜呼の隣に腰を下ろすと、煙草をくわえ火を点けた。

「なんで…家引き払ったんだべさ。」

夕焼け空の下、しばしの沈黙。
なまぬるい風が頬をなでる。

「もう、イヤ、なんです。」
「何が。」
「……誰も待ってない真っ暗な部屋に電気をつけるのも
 誰もいない部屋に向かって"ただいま"を言うのも
 ひとりぽっちの部屋から、誰かのお家のあたたかい家庭の光を見るのも…。」
「千夜……。」
「哀しいだけの部屋なんかイラナイ。あんなの、お家じゃない。」
「……。」

オズの魔法使いで、ドロシーは、お家が一番だって言いました。
でもそれは、家族の待ってるお家の事です。
あったかい場所の事なんです。

養子にならないかって言ってくれた、師匠のおじさんとおばさん。
嬉しかった、だけど怖かった。
また大事な家族を失う日が来るのが、恐ろしくてたまらなかった。
だからとても首を縦には振れなかった…。

いつの日か、必ず訪れる別れ。
それがどんな地獄なのか、知っていた。
だからその日が来る前に、自分からみんなを突き放した。

なのに心は千切れそうに痛くて、苦しい。

 これがワタシの世界?
 こんな世界が、ワタシの居場所なの?
 あの日から、絶望の中、今まで必死に何にしがみついてきたの?

矛盾する想いという名の歯車が、可笑しな音を立てて回り続けていた…。


「………たい。」
「うん?」
「……きえて……………しまい……たい。」

生まれてきた事も、生きてきた事も後悔していた。
苦しみや悲しみ、全てが千夜呼を蝕んでいた。
限界点など、とっくに越えていた。

「幸せになりたいなんてワガママ言わないから…楽に…なりたい。」





光を失った空虚な瞳…。
鷹栖は無言で手を伸ばし、千夜呼の細い首に手をかけた。

「ほんとに、これで楽になるんだなお前は…。」

手に力が込められる。
あっという間に千夜呼は眩暈を覚えた。
鷹栖の力は強く、ちょっとした冗談などというレベルではない。
千夜呼の本気に、本気で返したのだ。

「答えなや!千夜っ!!」

しんと静まり返っていた廃棄物置場に声が響いた。

「…………っ!」

涙が、なによりの答えだった━━。


人は幸福に手が届かないから、絶望する。
幸福を望むからこそ、絶望する。
いつだって、誰だって、幸福を望んでいる。
生きている人も、死んでゆく人も、みんな……。


手が解かれ酸素が身体へ入ってくると、千夜呼は激しく咳き込んだ。
鷹栖はその身体を抱きとめると、先程と同じ人物の手とは思えぬほど
優しく背中を撫でた。

「千夜、うち来なや。」
「……かはっ……はっ…。」
「里栖いなくて、俺も一人で寂しいんだわ。」
「……っ……、…っ。」
「旨い飯つくって、俺が帰ってくるの待ってて欲しいんだわ。
 …駄目かい?」


『千夜呼自身の為に』ではなく、『自分の為に』と言った。
それは、千夜呼の事が必要だという意味。

鷹栖は 千夜呼に 生きる場所 を 与えた。






空が闇色に変わる頃、二人は廃棄物置場を後にした。

行き先は小さなアパート、南向きのあたたかな部屋━━━。

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御紹介
名前:
異空 千夜呼
生誕:
1991/11/11
御言葉
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[09/02 香住]
[08/27 健斗]
[08/03 あー]
[08/01 香住]

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